近年、オランダの住宅市場では賃貸住宅の供給構造に大きな変化が生じている。政府による賃料規制の強化や税制改正の影響を受け、これまで賃貸として保有されていた住宅が市場から急速に減少し、分譲住宅として売却される動きが広がっている。こうした動きは住宅市場の構造そのものを変えつつある。その結果、特に都市部では「賃貸で住む」という選択肢そのものが縮小し、住宅市場は購入可能な層とそうでない層との間で大きく分かれつつある。以下では、現在オランダで進行している賃貸住宅の減少と、その背景にある制度的要因を整理する。
深刻化する賃貸物件の「消失」
オランダ住宅市場では現在、投資家や小規模な家主が賃貸経営を終了し、物件を分譲住宅として売却する「uitponden(アイトポンデン)」が加速している。これは、賃貸として保有されていた住宅を区分所有として売却する手法であり、近年オランダの都市部で急速に広がっている。
NVMの2026年3月のデータによれば、直近1年間に市場で取引された住宅のうち、約16%が元賃貸物件であった。特にアムステルダム、ユトレヒトといった主要都市においては、単身者や若年層向けの小規模アパート(70平方メートル未満)の多くが賃貸市場から姿を消し、分譲市場へと吸収されている。移住初期の選択肢として一般的であった「民間セクターの自由価格帯賃貸」が、実際に減少しているのが現状である。
なぜ賃貸物件は「売却」されているのか
賃貸供給が急速に細っている背景には、政府による「借主保護」と「税制改正」という二重の圧力が存在する。
① 手頃な賃料法(Wet betaalbare huur)の影響 2024年以降に段階的に強化されたこの法律は、これまで家賃が自由設定であった中価格帯(middenhuur)の物件に対し、点数制度(WWS)に基づく家賃上限を課すものである。物件の設備やエネルギー性能が一定の基準(点数)に満たない場合、家主は市場価格よりも大幅に低い家賃設定を強いられる。多くの個人投資家にとって、これは管理コストやローン返済を下回る「収益割れ」を意味し、賃貸経営を断念して物件を売却する最大の動機となっている。
② 資産税(Box 3)の負担増
オランダの税制において、投資物件は「Box 3(貯蓄・投資)」に分類される。近年、このBox 3における「みなし収益率」に対する課税強化が進んだことで、実質的な利回りが大幅に圧迫されている。特に、前述の家賃規制によって収入が制限される一方で、税負担だけが増大する構造となっており、投資家にとっては「賃貸として保有し続けるリスク」が「売却による利益確定」を上回る状況が生じている。
所得要件の急騰と「二極化」する市場
賃貸物件が分譲住宅へ転換されることは、一見すると購入希望者には好材料に見える。しかし実際には、住宅市場への参入障壁の極端な上昇を招いている。
同じ物件に住み続けるためのコストを比較すると、賃貸であれば一定の年収で審査を通過できた物件でも、購入となると住宅ローンの借入限度額の関係から、以前の約1.5倍近い年収、あるいは多額の自己資金が必要となるケースが多く見られる。
最新の市場分析では、年収8万5,000ユーロ(約1,380万円)以下の層が、都市部での適切な住居確保から事実上排除されつつあることが示唆されている。一方で、親からの援助や十分な手元資金を持つ「資金力のあるスターター」が、放出された元賃貸物件を競り落とすという、資産背景による市場の二極化が鮮明になっている。
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政策転換への議論
オランダ中央計画局(CPB)は2026年2月、現行の賃料規制が市場の流動性を著しく損なっているとして、規制の緩和を提言した。規制が「既住者」を保護する一方で、新しく市場に入ろうとする若年層や移住者を排除しているという、政策上の矛盾を指摘した形である。
2026年の住宅価格上昇率は、賃貸物件の放出による一時的な供給増の影響もあり、3%〜4.8%程度に落ち着くと予測されている。しかし、賃貸という選択肢が削られ続ける現在の構造は、住居の確保を個人の資産背景に強く依存させる結果となっており、住宅政策のあり方をめぐる議論は今後も続くと見られている。オランダの住宅市場は現在、大きな構造転換の局面にある。
